おおつには貴重な遺産や歴史的なまちなみがたくさんあります。
今号では、昨年発見されて話題の坂本城の遺構をはじめ、歴史と文化を活かしたまちづくりの取り組みを紹介します。

国指定重要文化財※1 273件
※1 文化財保護法に基づいて国が指定した国内の重要な歴史的遺産。建造物等は重要文化財とも呼ばれる。
国指定・選定文化財の件数
全国第3位
10番目の古都指定※2
※2 歴史的価値を持つ都市を国が文化財保護の観点から特別に指定する制度
ユネスコ世界文化遺産※3 1件
※3 ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が人類共通の遺産として、国際的に保護・保全していく文化財
国指定名勝 1件
重要伝統的建造物群保存地区 1件
国指定天然記念物 2件
ユネスコ「世界の記憶」※4 1件
※4 文書、手稿、録音、映像など、人類史の歴史と文化にとって重要な記録遺産として国際的に登録されたもの
国宝※5 36件
※5 重要文化財の中でも世界文化の見地からみて価値の高い日本の宝
建物 9件
・石山寺 多宝塔・本堂
・延暦寺 根本中堂
・園城寺(三井寺) 金堂・新羅善神堂・勧学院客殿・光浄院客殿
・日吉大社 西本宮(本殿と拝殿)・東本宮(本殿と拝殿)
書跡・典籍・古文書・絵画・彫刻・工芸品・考古資料 27件
木造智証大師坐像、金銅経箱(叡山横川妙法堂埋納)、絹本著色六道絵など石山寺、延暦寺、近江神宮、園城寺(三井寺)、聖衆来迎寺で発見されたもの
※博物館などへ寄託されたものを含む。
国指定史跡 15件
もっと知りたくなったら大津の歴史データベース
速報!琵琶湖疏水施設が国宝・重要文化財へ
5月、国の文化審議会において、琵琶湖疏水に関連する施設が国宝および重要文化財への指定へ向け、文部科学大臣へ答申されました。

琵琶湖疏水施設は、明治の京都の再興を支え、京都の近代化を象徴する都市基盤施設であり、明治期の建設分野における技術的達成度を示す施設の一つとして、重要です。
近代土木構造物として国内初めての国宝指定であり、市内で10件目の国宝建造物となります。
詳しくは市ホームページ
坂本城の最新情報
解説 文化財保護課 職員

幻となった坂本城
数ある大津の歴史文化遺産の中でも、今特に注目を集めているのが坂本城。坂本城は、織田信長の命により明智光秀が築いたお城で、あの安土城の次に有名なお城だったとキリスト教布教のために来日していた宣教師ルイス・フロイスの記録にあります。また、天守が2つ存在することが当時の文献から判明しており、国内で最古級の天守だったと考えられています。

そんな坂本城は、山崎の合戦で明智光秀が敗れたのち、豊臣秀吉軍に包囲されて焼失しました。その後、一部再建され、城主は織田信長の宿老である丹羽長秀になります。秀吉は坂本城主になると天下を狙っているようにみられることから、丹羽に城主を譲ったと受け取れる手紙を出しています。秀吉にとっても坂本城が重要であったことがわかる資料です。その後、坂本城はすぐ廃城となり、トータル15年程度しか機能していません。短期間のお城だったこともあり、絵図や詳細な記録が少なく、坂本城の痕跡を残すものは、びわ湖に沈む「湖中石垣」と呼ばれる遺構くらいであることから、「幻の城」と言われるようになりました。
最新調査で新事実が明らかに?
昨年2月に坂本城の三ノ丸と思われる石垣が地中から発見されました。長さが30m以上ある石垣は圧巻で、400年以上土の中に眠っていたからか、とても綺麗な状態でした。

このような城郭石垣の発見は珍しく、お城に築かれた最初期の石垣という点で貴重であることから、現地で開催した説明会には全国から2千人以上のファンが訪れ、話題となりました。これらの重要な歴史文化遺産を後世に残すため、市では坂本城跡の国指定史跡への指定を目指しています。

びわ湖の中からも遺構が!
市と京都橘大学の共同調査により、びわ湖の中にも坂本城の一部と思われるものが発見されました。この調査では、ダイビングやシュノーケリングといった手法で、遺構や遺物が発見されています。発見されたものはなんの変哲もない石に見えますが、坂本城に使われていたかもしれないと思うとわくわくします。

水中を発掘調査する「水中考古学」は、近年急速に成果を上げています。これからの坂本城は水陸両用で新たな発見を探っていきます。

歴史と文化を残す3つのエリア
おおつには、地域それぞれの特色を活かして発展した風情あるまちなみがたくさんあります。市では、こうしたまちなみを大切に守り、未来へとつなげるために「歴まち計画」に基づく取り組みを進めています。例えば、「大津百町」「坂本」「堅田」の3つの地域を「重点区域」に定め、地域の皆さんによって設立された「エリア部会」と協力しながら、おおつの歴史と文化を次世代へ引き継ぐ活動をしています。
多様な歴史を持つ商人の町 大津百町

古くから交通の重要な場所で、江戸時代には北国から京都・大阪方面に運ばれる物資が集まった港町、東海道の宿場町、大津城の城下町、三井寺の門前町として栄え、そのにぎわいから「大津百町」と呼ばれました。現在でも歴史的文化資源や、町家などが数多く残されています。

町家から間近で楽しめる 大津祭
毎年10月に行われており、からくり人形が乗った13基の曳山が町を回る様子は圧巻です。町家の2階には大きな窓等があり、曳山で演じられるからくりやお囃子を演奏する姿がよく見えるようになっているなど、祭りと暮らしの深い関わりが見られます。

エリア部会の活動 町家を未来へ
大津百町の財産である町家の活用や、まちを案内できるガイドの育成などをしています。

びわ湖と結びついた暮らしと文化の残る町 堅田

びわ湖の要衝に位置し、中世には湖上を自由に通行する権利を持つ町でした。漁業権を独占するとともに湖上交通を支配し、その経済力を背景に発展します。

さらに、造船業も豊臣秀吉の保護により独占したことで、さらに豊かな町になりました。現在も漁業や鮒ずしづくり、造船などの人々の営みが受け継がれています。
時を超えてつなぐ伝統 献饌供御人行列
京都三大祭りの一つ「葵祭」に先立って、毎年葵祭の前日に、フナや鮒ずしを下鴨神社に奉納しています。平安時代に堅田が下鴨神社の御厨(神への供え物を調達する地域)となったことで、湖上を自由に通行する権利などが与えられ、地域が発展した歴史を今に伝えています。

エリア部会の活動 地域の歴史を次世代へ
伝統行事の体験や、歴史的建造物を利用した体験イベントなどの開催を計画しています。

自然と信仰に育まれた風格ある門前町 坂本

延暦寺・日吉大社の門前町として栄え、僧侶の住居として建てられた「里坊」が今も多く残されています。

その多くには、豊かな水を利用した池と流れの庭園があります。また、里坊の周りには自然の石をそのまま積み上げた「穴太衆積み」と呼ばれる石垣がめぐらされ、坂本の美しいまちなみを作り上げています。
地元の人の熱い思いで神輿を動かす 山王祭
毎年4月の3日間にわたって例祭が行われます。暗闇のなか、松明の明かりを頼りに行われる「宵宮落し」や7基の神輿が渡御する光景はとても迫力があります。

地元の人々により、2月下旬から約1カ月半にわたり祭りの準備が行われ、日吉大社とのつながりを感じさせる活動が今も多く受け継がれています。
エリア部会の活動 町の魅力をもっと多くの人へ
地域の文化や魅力を発信するイベントの開催やマップ作成などを計画しています。

「おおつらしさ」を最大限に!歴史と文化を活かしたまちづくり
社寺や町家などの歴史的建造物、地域の人々が受け継いできた風習・行事が、さまざまな理由で喪失する恐れが生じています。市では「地域固有の歴史、文化を大切に守り、それを活かすことで、大津ならではの魅力を最大限に創出するまちづくりに取り組んでいくこと」を目標とした、「大津市歴史的風致維持向上計画(歴まち計画)」を策定し、令和3年3月に国から認定を受けました。「歴史的風致」とは、歴史的建造物とそれに関わる人々の活動が一体となって生まれた良好な市街地の環境のことです。
3つの地区を景観重点地区に指定しました
市は、「水が煌めく景観」「緑が薫る景観」「歴史を育む景観」の基本目標を実現するため、平成18年に規制誘導の基準を定めた「大津市景観計画」を策定し、良好な景観形成に向けた取り組みを進めてきました。それから約15年、「第2次大津市景観計画」を策定し、11月1日から施行します。

同計画では、特に景観上重要な地域で、地域住民と行政の協働により地域で育まれてきた特性を活かした景観づくりにも取り組んでいる歴まち計画の3つの重点区域を「景観重点地区」に指定し、地区に応じた景観形成基準などを定めました。景観重点地区も含めた市全域で計画に基づく取り組みを実施し、良好な景観形成を推進します。
もっと知りたい人は「大津歴まち90秒大学」をチェック!
地域の風習・行事や歴史的建造物をテーマごとに90秒で学べる動画を特設サイトで公開しています!


広報おおつWEB、7月号特集に関する
ご意見・ご感想をお聞かせください。
アンケートフォームはこちら