こんにちは、大津市広報課です。
令和8年5月22日(金)、大津市下坂本三丁目で行われている「坂本城跡」の発掘調査について記者発表が行われ、坂本城本丸のものとみられる石垣が発見されたことが明らかになりました。
「幻の城」とも呼ばれる坂本城ですが、今回の発見は光秀公の足跡や当時の歴史を知るための、新たな足がかりになるかもしれません。
今回の発掘調査でどのようなことがわかったのか、これまでの背景と合わせて広報課職員が概要をレポートします!
🏯そもそも「坂本城」とは? これまでの調査と歩み
明智光秀の居城として築城された坂本城は、存続期間約15年と短く、地上にその痕跡をほとんど残さないことから「幻の城」と呼ばれています。
しかしこれまでの調査によって、その姿が少しずつ明らかになってきました。
🔎昭和54年度の発掘調査:本丸内の屋敷跡(御殿か)と推測される遺構や大量の瓦を確認。出土した赤褐色の瓦は「坂本城炎上の痕跡」と考えられてきましたが、近年の理化学的調査により、築城当初からのものである可能性も示されています。
🔎令和5年度の発掘調査:宅地造成に伴う発掘調査で、三ノ丸(外郭)の遺構である長さ30mを超える石垣を有する堀や礎石建物等を発見‼️現地説明会には全国から2,000名以上の歴史ファンが訪れ話題に。この重要な歴史文化遺産を後世に残すため、開発事業者と協議を行い、遺構を現地保存し、国史跡指定を目指す覚書を締結しました。

🔎令和7年9月の国指定史跡指定:織豊系城郭の築城技術等を知る上で重要な城郭であることや、琵琶湖を通じた流通・政治・軍事の拠点であったことが評価され、国の史跡に指定されました。

そして今回、これらに続く新たな発見がありました!
今回の発見!2つの注目ポイント
今回の発掘調査は、開発計画に伴い令和5年11月から、断続的に進められてきたものです。
🔎本丸の南端を示す「石垣」の発見
調査区から、南側に面をもつ長さ約3mの石垣が見つかりました。石垣自体の残存状況は決して良くはありませんでしたが、「基底石(きていせき)」と呼ばれる一番下の土台となる石がしっかりと残っていました。
この場所は、以前から「ここに本丸があったのではないか」と想定されていた場所と一致!今回見つかった石垣は、坂本城本丸の南端のラインを示す可能性が高いと考えられています。

🔎昭和54年度の調査と同じ特徴を持つ「瓦」の出土
また、石垣の周辺からは大量の瓦も出土しました。 これらの瓦は、昭和54年度の調査で見つかったものと同じ文様の瓦や、赤褐色・黒褐色の瓦、さらには「焼けた痕跡(焼土)」があるものなど、従来の本丸地点と同様の特徴を持っていました。
| 調査場所 | 大津市下阪本三丁目 |
| 発見されたもの | ・坂本城本丸南端とみられる石垣(長さ約3m、基底石のみ) ・大量の瓦(昭和54年調査時と同文様のもの、赤褐色、焼けた痕跡あり) |
| 歴史的意義 | 今回の発見により、この調査区が「坂本城の本丸地点」であったこと、そして「本丸の南側の境界」がどこだったかを特定する重要な手がかりが得られました。 |
石垣は琵琶湖方面に向かってまだまだ続いているものと推察されるとのこと…
(坂本城の全貌解明へますます夢が広がります…😌✨)

⚠️市民の皆様へのお知らせ
今回発見された石垣ですが、遺跡の保護および安全管理のため、記者発表が行われた5月22日の午後にはすでに現地埋め戻し(土で覆う作業)が完了しています。現在は現地を見学することはできませんので何卒ご了承ください。
豪華ゲストが登壇!「関連シンポジウム」が開催されます
「坂本城にはどんな歴史があったの?」「もっと詳しく知りたい!」とワクワクが止まらない方に向けて、大津市では特別なシンポジウムの開催を予定しています。テレビなどでもおなじみの豪華な専門家・ゲストをお迎えし、坂本城の過去と未来を語りつくします!
<開催内容>
・基調講演:「坂本城跡の歴史的価値と魅力」
講師:小和田哲男氏(静岡大学名誉教授・歴史学者/大河ドラマ『麒麟がくる』の時代考証担当)
・トークショー「お城の楽しみ方」
出演:中井均氏(滋賀県立大学名誉教授・城郭研究の第一人者)×春風亭昇太氏(落語家・お城愛好家)
・ディスカッション「坂本城跡の未来を考える」
出演:全登壇者
🖋️シンポジウムの詳細や参加申し込みは、広報おおつ6月号「坂本城跡国史跡指定記念シンポジウムを開催します」をチェック!



